第六話「ファミレス」

ロードスター物語
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店長が去った後、ディーラーの窓際の席でお姉さんと二人で向かい合う。

「NBだと230、NAだと55か・・・」

「どっちも良い車だよ。予算もあるだろうし、よく考えた方が良いよ」

「そうっすね・・・」

「すぐに決められないよね」

(その前に車を買うかも決めてないんだけどな・・・)

「ちょっと考えて、連絡します」

「そうだね。これ、私の名刺。何かあったら連絡して。相談に乗るよ」

受け取った名刺には「花田 真美」とお姉さんのフルネーム、メールアドレス、そして携帯番号。

(携帯番号ですと?)

驚きが隠せない。仕事用の名刺ではない。お姉さんを見ると

「プライベートの名刺。ここでは話せないこともあるじゃん? 今日は7時以降なら大丈夫だから」

(これは逆告白っすよね?)

2枚の見積書とお姉さんの名刺をもらい、店を出る。入り口に並んでいるクラシックレッドのNAロードスターをもう一度確認する。

(こいつの方が良い・・・)

ーーー

自動車は安い買い物ではない。だから悩む。

本当に必要なのか、買うならどんなクルマが良いか。

車を手に入れるだけではなく、車を手に入れた後にも維持費が掛かる。

学生時代と違って、社会人になると生活が変わる。

今までと違った生活は想像もできない。

その生活に車が必要なんだろうか。

残念ながら、入社をしていないので、社会人の先輩なんて知り合いがいない。

ぶっちゃけ、車を買うのであれば、ユーノスロードスター(NA)だと思う。

社会人1年目から230万円ものローンを組みたくはない。

55万円なら現金で払える。ただ買う必要があるかは別だ。

駐車場代、ガソリン代は給料から捻出することはできると思う。でも、使わない車に55万円を払う必要はない。

(お姉さんに相談しよう・・・。こんなん、答えなんて出るわけないじゃん・・・)

ーーー

お姉さんのケータイに電話をして近所のファミレスで相談に乗ってもらうことにした。

ファミレスで待っているとお姉さんは嫌な顔もせずに来てくれた。

「決まんない?」

「買うならNAなんすけど、クルマって必要なのかなって」

「そうかあ。NAに決めたか。あの子、可愛いもんね」

(ちょっと待て。僕の言い方が悪かったか?)

「私、あの店長、嫌いなんだけど、店長が言っていたのは、間違いじゃないんだよね。間違いなくNBの方が性能が良い。正常進化している。私も乗ったけど、うちのジョージ(NAロードスターJリミテッド:お姉さんの愛車)より素直な気がした。でも、最後は愛じゃん? 愛を感じた方に乗った方が後悔しないよ」

「クルマって必要すか?」

「必要だよ。なかったら寂しくて家から出れないよ」

(相談する相手を間違えたな・・・)

「多分だけど、ロードスターに出会わなかったら、こんなに車好きになってなかったかもね。ロードスターを見て車が欲しいと思ったし、就職も決めた。免許もロードスターに乗るために取った。そして、乗ったら最高に楽しい。最初は恥ずかしかったよ。黄色で目立つ上にオープンカーだし、周りの視線を凄く感じた。それも女子でしょ? なんて言うか、変わった娘だと思われる。君もそう思ったでしょ?」

(確かに、きれいなお姉さんが黄色のオープンカーを運転してたら男は釘づけだよな)

「今はさ、ハイパワーな車じゃないとスポーツカーじゃないみたいな雰囲気があるじゃん? でもさ、ロードスターは違うんだ。『運転の楽しさ』を求めてFF車全盛期の時代に、あえて古典的な後輪駆動のFR方式を採用しているし、50:50の理想的な前後重量配分で、ドライバーのステアリング操作が自然に行えるようにしている。車の楽しさってハイパワーでグイグイ引っ張ることじゃないんだよ。そこはNAもNBも一貫している。で、なんだっけ?」

(・・・もう良いか)

「ロードスターって2シーターじゃないですか? 不便じゃないっすか?」

「う〜ん、不便なのかな? 私の場合、基本的にひとりで移動することがほとんどだし、不便を感じないよね。そもそも、ひとりでミニバンとかワゴンに乗ってる方がダサくない? 『大は小を兼ねる』みたいな考えの人って車好きじゃないんだよ? だいたい乱暴な運転てミニバンが多いし。ロードスターみたいな小さい車だと結構、乱暴な割り込みとかされるんだよね。私なんか女子じゃん? オープンで走っているとしょっちゅうだよ。マジで」

「そうなんすか?」

「ごめん。蛙水くんっていくつ?」

「25っす」

「私とあんま変わんないね。ロードスターって人生で2度乗るタイミングがあるの。一度目は独身のとき。そして子育てが終わった老後。もちろん、そうじゃない人もいるけど、そんな人は、一部のお金持ちだけ」

(・・・話が飛ぶのは女子特有だよね。でもしかし可愛い・・・)

「そうなんすか?」

「勝手に私が思っているだけだけどね」

(自信満々に想像の話っすか?)

「少しの勇気を出せば『だれでもしあわせになれる』」

「えっ?」

「ユーノスロードスターのカタログに載っている言葉。ロードスターに乗ると、しあわせな気分になれるんだよ。私も仕事で嫌なことがあってもジョージとお出かけすると忘れられる。ただね、ロードスターに乗るには勇気が必要なんだ。私が思うに何もしないと楽しさ、幸せって手に入れることができない。最初の一歩を踏み出すことができれば、誰でも幸せになれる。ただ、みんな勇気が出せないからロードスターに乗れないんだよ」

「深いっすね」

「そう、勇気を出して。飛び込んでおいでよ。本当に楽しいんだから」

(お姉さんの胸に飛び込みたい・・・)

「NBもよいんだけど、NAを選んでくれて嬉しいよ」

「いや、まだ買うかを決めてないんですよ」

「えっそうなの?」

「だから、相談に乗ってもらおうと思って・・・」

「ローンを組むなら銀行ローンが良いよ。うち(ディーラー)と契約しているローンは金利が高いから」

「そうなんすか?」

「全然違うよ」

「マジっすか」

「じゃローンの手続きが終わったら教えて。あと車庫証明だね」

「いや、買うか、決めてないんですって」

「勇気を出せよ。青年っ!! 社会人になってクルマがないと彼女もできないぞっ!!」

満面の笑みのお姉さんのその一言に背中を押された。

一瞬考えたけど、お姉さんの意見に乗ることにした。

(まあ、どうにかなるさ)

「そうっすね。NAを嫁に貰います」

「本当? 良かった!! こう言っちゃなんだけど、あの子は君に買って貰いたがってたんだ。なんか君に乗ってもらいたかった」

お姉さんに押し切られたように見えるかもしれないけど、本当はロードスターに乗りたかったんだと思う。

勇気が出せなかった僕のは、お姉さんに背中を押してもらった。

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