本音を言わないヒトは信用できない

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社会で生きていくためには、本音と建前を使いこなすテクニックが必要です。押してばかりでもダメだし、引きっぱなしでも上手くいきません。周りと衝突しないように細心の注意を払いながら、したたかに生きる必要があります。

でも、仲良くなりたいなら本音で話す必要がある。本当の自分を晒さなければ、相手の本当の気持ちなんてわからない。社会と上手く折り合いをつけて生きるためには、建前も必要だとは思う。僕は、建前しか言わないヒトを信用しない。裏で何を考えているか分からないヒトを信用するほど、お人好しじゃない。

言いたいことを言い合って、本気でぶつかり合わなければ、お互いのことなんて分からない。ビジネスでは建前が必要だけど、仲良くなるなら本音で話す必要がある。本気で仲を深める気があるなら本音が必要。

僕の場合、他人には見せたくない心の闇って言うか、汚い部分を隠すために虚像を演じている。弱い人間だから本音で語ることを恐れている。でも、本気で仲良くなりたいと思う人には本音を晒すようにしている。ビビりながらも。

本音で話すのって勇気がいる。思っていることを正直に話して否定されると自分の価値観というか、生き方を否定されたような気になる。さらに自分の気持ちを正直に話すことで余計な摩擦が生まれて、ケンカや口論になるリスクもある。ただリスクなしに最高の仲間なんて手に入りません。

リスク回避のために本音を隠して建前で生きるっていうのも分かる。でも、僕はそんな人間は信用できない。

思ったことを好き勝手にいう人の方が信頼できる

本音を語れる場所

建前は「相手のことを考え、感情を逆撫しない発言、相手の損得を考えた言葉」だと思う。建前だけの表面上の付き合い、例えば、仕事上の付き合いは建前だけで良い。ただ、プライベートでの付き合いは、建前より本音で話したい。

僕が本当に思っていることを言って、関係が悪くなるようなヒトとは、本気でツルむ必要なんてない。仲間って損得勘定を抜きにして、一緒にツルめる奴だと思う。本気でぶつかって、お互いに言いたいことを言い合わないと信頼関係なんて築けない。

もちろん、仲間のことをリスペクトしているので、相手のことを考えた発言を心がけているけど「こいつのため」だと思うから厳しいことも言う。それで言い合いになっても、お互いに本音で付き合っていれば理解してもらえると思う。

仲間だから嫌われたくないと言う気持ちは分かる。でも、仲間内でも建前で話をしないといけないなら、そんなの仲間ではない。ありのままの自分を多く出せる方が居心地が良い。仲間って素の自分でいられる場所。だから居心地が良くて、こいつらのためだったら多少の苦労は厭わない。

僕にとって仲間とはそう言うこと。

建前じゃなく本音で話せる仲間ってすごく大事で、僕の場合は子供のときからの腐れ縁の地元仲間、高校時代のラグビー部の仲間、大学生時代に毎日のようにツルんでいた奴らは、何年ぶりにあっても、一瞬で当時の関係に戻れる。それって本音で割合が大きいからだと思う。

本音と建前の割合のうち、本音の割合が大きい方が居心地が良い

本音を話さないヒトは信用できない

仕事上の付き合いは僕も建前で会話することが多い。仕事では嫌われるリスクを取る必要はないですよね。そこは大人なので、割り切って建前側に大きくシフトしています。ビジネスは、お互いに損得で付き合っているので、本音で話す必要を感じません。

もちろん、仕事上で付き合い始めて、気があって本音で話すヒトもいますが、基本的には建前の方が割合が大きい。ビジネスは損得勘定で動いているので、お互いに損をしないように気を使っていれば、嫌いなヒトでも良いお客さんになってくれる。だから表面上の付き合いで問題ない。

でも、プライベートになると別じゃん。ちょっと上から目線だけど、仲間として認めているのに本音を言わずに建前と言うか、誰からも嫌われないように気を使って話すヒトが信用できない。

言っていることは、別に気に触るようなことじゃないんだけど「それが本心か?」なんて疑ってしまうような言動をするヒトっているじゃん。僕はそんなヒトを信用できない。

八方美人って言うのか、ビジネスライスって言うのか分からないけど、人間なんて、ドロドロしたドス黒いモノを抱えて生きている。聖人君子なんていない。感情的にもなるし、嫉妬もするし、文句を言うことだってある。

この世の中は、感情と欲にまみれた奴しかいないだよ。感情もなく、欲もないなんて神だよ。ヒトそれぞれ、価値観ってものが違って、違うからこそ、意見を言い合って、お互いに違う意見を認め合うと言うのがコミュニケーションの基本だと思う。

誰からも嫌われないように、建前を使っているヒトは嫌われないかも知れない。でも濃ゆい仲間も出来ない。建前だけじゃ誰も信用してくれない。でもさ、八方美人になり嫌われないようにしたって嫌われるんだって。少なくとも僕は嫌い。

自分の意見を持っている人は、絶対に誰かと意見が衝突するハズ。みんなが同じ考えなんてことはない。意見が違うんだから、衝突しない訳がない。誰とも衝突しないのは、どこかで嘘をついているから。

そんな奴を信用できる訳がない

好き勝手言ってるヒトの方が信用できる

本音で話すヒトは、嫌われることが多いけど僕は信用できると思う。

「そこまで言うか?」なんて引くこともあるし「それは違うんじゃね?」ってこともあるけど建前でニコニコしているヒトより信用ができる。僕は文句を言ってくるヒトの方が信用できる。文句って言うか、指摘をするのは、それなりにパワーが必要で、わざわざパワーを使ってまで、指摘をしてくれるヒトは、僕のことを思ってくれているんじゃないかって感じるから。

直接、文句を直接言ってくれる人は信用できる。裏でグチグチ言う奴の方がよっぽど性格が悪いと思う。

悪口を陰で言う輩がいるじゃん?

陰口は、誰も得しなくて、だただた言っている本人の自己満足。直接、本人に言えば改善点として受け止められるかも知れない。前向きに対処することができる。

僕だって気持ちが良いモノじゃないよ。指摘されるのは嫌だよ。だから、ケンカになるし、口論になる。でも、それって自分のことを思ってくれて言ってくれてる。陰口と直接言うのでは、大きな違いがある。

言われることで「この人はこういう人間なんだ」と思えるじゃん。それでお互いに理解できないなら、一緒にいる必要もないし、言われたことに納得するんだったら、直せば良いじゃん。

だから、好き勝手言っている人の方が好き。

事なかれ主義じゃ何も進まない

周りの空気を読んで、誰とも衝突しないように建前で話すことも可能だけど、できるだけ思ったことを口に出すようにしている。僕の言っていることが全部正しいとは思っていなくて、正しいか間違っているかは、受け取り側が判断すれば良いと思っているからなんです。

別に僕が本音で話して意見が違うなら、反対意見を言ってくれば良いし、嫌いになるなら離れてもらっても構わない。と言うか、プライベートでまで他人に気を使って生きたいとは思わない。

本音を言うことって、トラブルの原因になる。トラブルになるから「指摘をしないでくれ」なんて『事なかれ主義』のなれ合いの関係なら僕には必要ない。事なかれ主義の集団なんて、みんなで悪いことを隠したり、不祥事を隠ぺいするような汚い組織なんだよ。誰も指摘しないから改善しない、また同じ失敗を繰り返す。

本当に良くしたいと思ったら、指摘をしないと良くなる訳ないじゃん。だって、誰も気づいていないか、何も考えていない人の集まりになってしまっているだよ。

本音で好き勝手言っている人の方が、仲間を信頼している。本音を言っても嫌われない。分かってくれるハズだと思って意見を言っている。少なくとも僕はそう。

「言ったら嫌われるかも」なんて仲間を信頼してないじゃん

建前で話していれば、嫌われないと思う気持ちも分かる。分かるけど、良くしよう、良くなろうと思っている人が必要で、事なかれ主義のヒトって必要ない。

本音と建前は使い分ける

僕は本音を言わない人たちに嫌われたって良い。そんな関係なら、なくなっても全然問題ない。それより、本音を言い合って、ケンカや口論をしながら一緒にいる奴との関係を大事にしたい。

本音を隠して、みんなと仲良くなんて考えている集団、会社って何かあったときにもろい。基本的に事なかれ主義の人の集まりだから、誰かの意見に乗ることしかできず、自分で行動をしようという人が少なく、変化に弱い。

僕は本音を隠さず、何でも話してくれる仲間がいれば幸せ。

100%本音だけで生きるのは難しいけど、八方美人で事なかれ主義の奴は大っ嫌い。

本音を言わない人は信用できない。

ただ本能の赴くままに生きていると社会では扱いにくいヒトになってしまうので、本音と建前の使い分けが大切。

ではでは。

人間関係

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