義理と人情を大切にしたい

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昔から大切なモノは義理、人情、やせ我慢なんて言いますが、現代社会では人間関係が希薄になり、義理や人情を持って生きている人って少ないですよね。

義理や人情ではお腹は膨れませんが、義理や人情を持って生きることって大切だと思うんです。自分主義、自己責任の世の中ですが、もっと濃ゆい人間関係があると生きやすいのではないでしょうか。

ひとりで生きていける強いヒトなら義理や人情なんて必要ありません。義理や人情って弱者が生きるためには必要なシステムだと思うんです。

古い人間だと思われるかもしれないけど、義理と人情を大切にしたい

義理人情とは

義理や人情ってどんなことなのでしょうか。抽象的な言葉なので、辞書で調べてみると

【義理】
1.物事の正しい筋道。また、人として守るべき正しい道。道理。すじ。「義理を通す」「義理にはずれた行為」
2.社会生活を営む上で、立場上、また道義として、他人に対して務めたり報いたりしなければならないこと。道義。「義理が悪い」「君に礼を言われる義理はない」「義理をわきまえる」
3.つきあい上しかたなしにする行為。「義理で参加する」
4.血族でない者が結ぶ血族と同じ関係。血のつながらない親族関係。「義理の母」
5.わけ。意味。

goo国語辞書

義理人情の義理とは「2」の他人に対して務めたり報いたりしなければならないこと。が一番僕のイメージに近い感じです。

人情とは

【人情】
1.人間の自然な心の動き。人間のありのままの情感。「やすきにつくは人情の常」
2.人としての情け。他人への思いやり。「人情の厚い人」「人情家」

goo国語辞書

人情とは、人としての情け、他人への思いやり

人間関係の潤滑油

義理人情は、言い換えると「他人のことを思いやり(人情)、自己犠牲をしても他人に報いる(義理)」ことなんです。なんか言葉にすると大層なことのような気がしますが、昔から日本人は「義理」と「人情」を持っていたんですよ。

表面上の付き合いなら義理も人情もいらない。建前ばかりで周りの人と距離を取り、関わらないような人間関係なら義理も人情も必要ありません。

ただ僕は本音ぶつかり合う仲間が必要。だから義理と人情を大切にしたい。義理と人情がなければ、信用もされないし、協力も得られないと思います。義理と人情があるから仲間として一緒にいられるんだと思います。

人情味があるヒトってやっぱり暖かいんです。強面のヒトでも人情味があるヒトは優しいんですよね。他人が困っていれば助けようと考えてくれているので困ったときに相談に乗ってもらったり、何かと協力をしてもらったりしてしまいます。

本当に自己犠牲ですよね。そのヒトの得にはならないのに人助けができるなんて素晴らしいことだと思いませんか?

義理や人情なんていらない

義理人情は「自己犠牲」ってのが根本にあります。義理人情が薄れた原因は、この「自己犠牲」だと思うんですよ。誰かのために何かをするボランティア精神というか、人情って見返りがありません。損得でしか考えられない了見の狭いヒトが増えると義理人情なんて言っていられなくなります。

いくら義理人情に厚いヒトが親切心で助けてあげているのに、それが当たり前なんて思われたら、協力したいなんて思いませんよね。「何様だよ」って気持ちになる。

義理人情に損得関係を持ち込むヒトがいると破綻するんです。なので、現代で言えば仕事に義理人情を持ち込むのはご法度だと思います。お金が絡むビジネスでは義理や人情なんていらない。持ち込まない方が良いです。義理や人情で損をすることになってしまいます。

世知辛い世の中

ぶっちゃけ、義理や人情がウザいと思うときもありますよ。でもね、義理や人情があるから周りの人と関わりが濃くなります。だからお互いに助け合える仲間が増えるんです。

義理や人情って暑苦しく感じるかもしれない。でも、困っているヒトがいれば助けてあげたいし、僕が困っていたら助けて欲しいと思います。クールに生きるのもカッコ良いですが、お互いに甘えて生きても良いんじゃないでしょうか。

ではでは。

人間関係

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