会話中の沈黙が怖い

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僕は自分でも嫌になっちゃうんだけど、誰かと一緒にいるときに沈黙と言うか、間があると怖い。

怖くてしかたなく、会話を続けるために、これっぽっちも興味がないことを相手に投げかけたり、まったく関係ないことを話してしまいます。

仲の良い仲間の無言は、気にならないのですが、仕事上の付き合いの人や、付き合いが浅い人だったりすると耐えられません。

余計なことを話して、別れた後に「なんで、あんな余計なこと言っちゃったんだろう?」とか「そういえば、俺語りしかしてねーな」なんて、自己嫌悪に陥ります。

相手が楽しんでくれれば良いのですが、そうでなかったときは最悪ですよね。

「おしゃべりだけど楽しい人」と思ってくれれば良いけど「ペラペラとしゃべりやがって、頭悪そう」なんて思われているじゃないか。。。

そんな不安もあります。

会話の沈黙が怖い理由

黙っていてもカッコ良い人っているじゃないですか。マジで憧れます。

うらやましい。

僕なんか、3秒も沈黙があったら、強迫観念に迫られて、勝手に「場の雰囲気を盛り上げなくては」なんて思い、余計なことを話してしまう。

「今日は暑いですね」なんてベタな会話から始まり、目に入ったモノ、頭に浮かんだこと何でも話してしまう。

もうね、沈黙があるとビクビクしてしちゃう。せっかく一緒にいるんだから会話しなくちゃ、機嫌悪くなっちゃうんじゃないの? なんて必要以上に相手に気を使う。

沈黙が怖いのって基本的に相手に「楽しんでもらいたい」というサービス精神なんですよ。

サービス精神が大きすぎて、沈黙があると「楽しんでないのかな?」なんて不安になってしまうんですよね。

独りよがりかもしれない。

でも、コミュニケーションって会話じゃん? 言葉のキャッチボールが必要なんだよ。しっかり相手の取りやすいボールを投げて、投げ返されて会話が続く。

多少、取りにくいボールでも頑張ってキャッチをしにいく。それが会話だよね。そうやってお互いの意思疎通を図って、価値観をすり合わせたい。

スルーできる人に憧れる

僕は会話ってキャッチボールだと思うんです。自分が投げたボールが相手に届いているかを確認する。確認するためにボールが帰ってきて欲しい。

ボールが返ってこないと「あれっ届いてないのか?」と焦り「下手な鉄砲数打ちゃ当たる」状態。投げまくる。

沈黙が続けば続くほど、マシンガントーク。せめて微笑んでください。微笑んでいただければ、僕も笑顔になれます。

そんな僕だから、投げられたボールをシカトできる人に憧れる。マジで、羨ましい。嫉妬しちゃいます。

僕がキャッチボールを必死に続けようと、取りやすいボールを投げているのにシカトする奴とか、とんでもない方向にボールを投げてくる奴。

剛速球、変化球を投げ込んで来る奴。その根性が、羨ましい。すごく羨ましい。

盛り上がるためなら身を削る

一対一ならまだしも、複数人数のときは別に主賓でも、開催者でもないので別に盛り上げる必要はない。でも盛り上がっていないと怖い。

黙っていれば良いのに喋る。ハッキリ言って道化師、ピエロ。

誰も求めていないのに笑いを取るためなら自虐ネタで喋る。黙って酒でも飲んでいれば、カッコつくのに考えるより先に口を動かす。

そして、何を話したかなんて覚えていない。頭の中で思いついたことを考えもせずに口からポンポン出すもんだから、記憶にもない。

周りの人が笑ってくれれば、それで良い。

別に会話がなくて、盛り上がらなくても僕の責任じゃないというのも分かっているんだけど、誰かが盛り上げないとイケないなんてムダな責任感で、勝手に口がしゃべりだす。

そんな必死な僕を見ているのに、ボソッと面白いことを言ったり、ただ笑っているだけ、黙っていられる人がうらやましい。

気を使って自分の身を削って必死になっている自分が、馬鹿馬鹿しくて、カッコ悪くて、滑稽でなんか、笑いを取っているハズなのに涙がちょちょ切れてしまいそうなんです。

本当に沈黙が怖くてしかたがないんです。訳の分からないプレーシャーに押しつぶされそう。

そして、ペラペラと喋っているので「面白い人」なんて勘違いをされ、黙ることが許されないキャラになってしまいます。

本当は、人見知りなのに社交的だと勘違いされるのは、ペラペラと他愛もない話をしているからなんですよね。

分かっているんだけど「間」が怖いので、おしゃべりは続きます。

ではでは。

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